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村山聖(さとし)は天才棋士。羽生善治のライバルだった。

      2018/05/04

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村山聖(むらやまさとし)さんは 29歳で亡くなった将棋棋士。 
羽生善治名人(45)とともに「東の羽生、西の村山」といつも比較された。
村山聖(さとし)さんの死から18年を経った今 将棋専門誌が特集を組んだ。
秋には村山聖(さとし)さんの生涯を描いた映画が公開される。
村山さんの将棋にかけた情熱は、いまも後輩棋士に息づいている。

村山聖(むらやまさとし)の生涯 
1969年6月15日ー1998年8月8日
広島県出身  段位:9段(追増)
亡くなった時は8段でしたが後に9段に昇格

村山聖は難病(ネフローゼ)と闘った将棋棋士で
羽生善治とともに天才と言われていたが。1998年に29歳で死去。将棋のみの人生だった。
村山聖という天才棋士の生涯を描いた小説「聖の青春」が一昨年映画化された。主演は松山ケンイチ。

小説「聖の青春」大崎 善生
「聖の青春」は大崎 善生のノンフィクション小説。
将棋に対する知識が全くなくても大変面白く読めて
心理描写がとても細やかで 
読み始めてすぐに村山聖のファンになってしまいました。

登場人物一人ひとりに対する愛情が感じられて 
将棋の厳しい崇高な世界でしのぎをけずる棋士達の交流がほほえましく書かれ、
また勝負師の孤独もひしひしと伝わってくる小説でした。

第13回新潮学芸賞を受賞しています。
将棋に全く興味がなかった人もこんな世界があるのかと
将棋界を改めて知的な世界だと実感する。
実際 読んで完全に将棋にはまってしまった。

特に村山聖んの師匠となる  森信雄の弟子の才能に気付き 
村山を一人前の棋士にする ために自分の彼の病気と闘う姿が記憶に残っています。

ノンフィクションを書くのだから当然なのですが 
この大崎 善生という人は将棋に詳しいなと思ったら
やはり本人もアマチュア棋士で奥様も棋士の高橋和。

少女マンガが好きなあたりも村山聖本人とよく似ている。
他の執筆も読んでみたくなるほど引き込まれる文章を書くと思いました。

村山聖の病気 腎ネフローゼと棋士としての実力は
幼い時から 腎臓の難病・腎ネフローゼをわずらい、
入院を繰り返し、死と隣り合わせの生活の中で父親が勧めた将棋に心を奪われ 
寝ても覚めても将棋のことを考え 次第に実力を付けて行った。

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関東所属の羽生善治と関西所属の村山聖の2人は同世代であり、
「東の羽生、西の村山」と天才棋士として注目されていました。
羽生や谷川浩司を超える2年11か月という驚異的な早さで奨励会を突破して四段プロ棋士になり、
“怪童丸”と呼ばれて親しまれていたのです。
病気と闘いながら隣に布団を用意しての試合もあり、苦しい闘病の中の棋士生活でしたが 
確実にA級に入り、8段まで上り詰めました。

羽生義治とも互角に戦い 対羽生善治戦の成績は、6勝7敗。
志し半ば29歳でこの世を去りましたが 死の瞬間まで
どんなに苦しくてもモルヒネを使うと意識が麻痺してしまい
勝負に負けてしまうと最後まで拒否したそうです。

また少々から病弱だった村山聖は蚊が自分を刺そうとしていても追わずに 
それで生き延びるなら自由に血を吸わしてやりたいと 
心優しい人間だと言うエピソードまで紹介しています。

 

映画【聖の青春】
主演の松山ケンイチさん お正月のテレビで
なんでこんなに太ってしまったのだろうと驚きましたが
村山聖役をやるために役作りをしていたのですね。

腎ネフローゼという腎臓の難病と闘いながらも 
名人を目指して将棋に全人生をかけた彼の姿を 
師弟愛や家族愛、仲間との友情を交えて作り上げたのが
『宇宙兄弟』の森義隆監督。公開は2016年秋。

松山ケンイチは「全身全霊をかけても足りない役だと思いました。
そういう仕事は大好きです」と役作りのために
東京将棋会館に通いつめ、過酷な体重の増加もはかり、
精神的にも、体力的にも村山聖になりきったと思う。
小説を読んでこの役をやりたいと熱望していたと言うので公開が楽しみですね。

松山ケンイチは「ヒロインが羽生善治さんという硬派な作品です。
将棋が好きな方はもちろん、人生をつまらなく感じている方も、
何かに夢中になっている方でも、こんな人間がいたんだと魅かれる作品です。
“村山 聖”は必ず見る人の心に何かを残します。
宜しくお願い致します」とメッセージを寄せています。

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